敵に倒されゲームオーバーになる度に、八つ当たりでマウスを机に叩きつける、ダメ学生です、こんばんは。
いやー、大人気ないし見苦しいですねぇ。たかがゲームで八つ当たりするなんて、卒業したはずだったんですがねぇ……退行してしまったんですかねぇ。
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話変わりまして、『ナイトメア 心の迷路の物語』という本を読んだのですが、この内容がチンプンカンプンとまでは行きませんが、何か分からない。「生きていく」ことが主人公「ナイトメア」にとってどれだけ苦痛なのか、どんな人物で何故辛いのか、どうしてそのような生活を送る羽目になってしまったのか等が、ナイトメアからの手紙を読んでいる語り手を通して、よーく書かれているのですが、理解できない。
ちょっと抜き出してみます。
ナイトメアが生きることを苦しむこの世界を、「苦の世界」と名づけよう。
かつてそれに最も近い世界が存在したとしたなら、それは高学歴であっても自分の「個」というものを表現しなければ生きていくことのできない、近代文学における男性作家の世界である。実際、「苦の世界」という名前の小説を書いた作家は存在するのであるし。
一方で、高学歴ではない男性は、ただ日々の糧を得るために額に汗して働き、妻子を養うために生きてきた。家に帰れば家族がおり、その家族を食べさせていかねばならない。
そういう男性の「苦の世界」と、表現しなければ生きていくことができない男性の「苦の世界」は、別の世界である。
女性であって高学歴で高職歴であるナイトメアには、養うべき家族はおらず、自分で自分を養える限りにおいて、既に「経済的問題」は片付いている。ナイトメアは、そういう意味において、成功した「男性」である。
が、ナイトメアは、それだけでは生きていけないのだ。
それなら、自分の「個」を表現する途に向けて、何もかも捨てて「表現」に生きるという決意をするには、ナイトメアは糊口を凌ぐことには既に成功してしまった「男性」である。女性は近代において何よりも先ず「経済的自立」を要請されてきたからであり、ナイトメアはそういう要請に対して、誰よりも高い動機付けと能力をもっていたからである。
「個」を表現するには職業的に「弧」にならなければならず、「個」を埋没させるには「家族」がない。永遠に宙吊りにされた「名誉男性」、それがナイトメアである。
二つの「苦の世界」のどちらにも属さない新しい「苦の世界」を、ナイトメアは生きている。
「経済」を保証されながら、それだけで自足して生きるには、ナイトメアは余り知的であり、かつ反俗的であった。いくら「仕事」を持っていても、その次にはそれを通して「意味」を作り出さなければならないことを、ナイトメアは知っていたのだろう。要するに、ナイトメアは、努力すればするほど、ゴールが遠のくような短距離走の選手なのである。
自分で自分を養うために、ナイトメアが表面的には「いともやすやす」という形を見せながら、或いは自分でそれ自体が努力であることさえ気づかぬままに、幼児の頃から「自立」のために人知れずどれほどの努力を蓄積してきたか、私はよく知っている。
「自立」をしながら同時に「繋がり」を持たなければ、女性は生きていくことができない。そういうジレンマに、ナイトメアは誰よりも早く、誰よりも深く気がついていた。
繊細で頭の良すぎる子で、他人が何を期待してるかすぐ見通せるため、「いい子」を演じてきたという。 「人間失格」の主人公みたいな人です。(あくまで主観的印象です)ナイトメアが引用してるのは『闇中問答 芥川龍之介』ですが。
一体何がそんなに苦しいのか。
すっきりする“答え”が欲しいわけでもないんですが、ただ噛み砕いて分かりやすく説明した“解説”があればなあ、と。
「生まれつき頭が良すぎて、真面目で、繊細過ぎるから、生活するのが辛い仕事なんだ」というのでは、あまりに大雑把過ぎますし。
ナイトメアはどうしてそこまで家族や他人に縛り付けられてるのか?
仕事したにしても、異動で合わない仕事になったら、アルコール依存症になり、
結婚して引っ越したらその地が合わずに、精神科へ行っちゃうし。
世俗に埋没してる私から見たら、弱いな~というか大げさというか……
めっちゃ頭良くて、器用・真面目・優しさ・慈しみ・心配り・強かな精神をもってる申し分ない人のように書かれてるんだけど、そんな人が日常のあれこれに本気で悩んでばかりなのが、なんかバカらしく思えちゃって。「ど~してそんなことで滅入っちゃうかなあ」と。
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